人と仕事を引き寄せるダイナミズムを宿した、かつての石見銀山。
そのランドマークから、新しい物語がはじまる。
豊かな銀の産出量を誇り、17世紀後半から江戸幕府の直轄地(天領)となった石見銀山。ここで、さまざまな人、もの、仕事を引き寄せる求心力の中心となったのが、江戸から派遣された代官・奉行が駐在する「代官所」でした。今でも、代官所跡に端を発する町並みは重要伝統的建造物群保存地区となっており、武家も商家も庶民も、肩寄せあうように暮らしていた当時の空気を伝えています。
明治時代に入ると代官所跡には邇摩郡役所が新設されました。庁舎はその後、中学校舎や保育園舎として活用されたのち、1976年に「石見銀山資料館(いも代官ミュージアム)」として再スタート。そして2024年、隣に残された古い公証役場兼住居を改修して誕生したのが、次世代型ワーク&ライフスタイルを提案する滞在型サテライトオフィス林家です。長きにわたって町民の心のよりどころだったこのランドマークで、「デジタル田園都市国家構想」とも連動した、新しい物語がはじまろうとしています。
【写真】明治40年(1907年)の天皇陛下ご来訪の大森代官所跡(現・いも代官ミュージアム)。オフィス林家は、右端に見える建物の敷地にあります。代官所跡の表門と門長屋は、江戸時代から残る唯一の建造物(1815年建立)として、文化財に指定されています。
場の力を信じ、家ごと引き継いで次世代に伝える。
この町の暮らしを愛する気持ちをたずさえて。
この町には、家屋はかつてそこに住んでいた人の名で呼ばれるという風習があります。そこにあるのは、建物だけでなく、家が宿す記憶も丸ごと引き継いでいくという思い。私たちもその文化にならい、ここに居を構えたご一家にちなんで、このサテライトオフィスを「林家」と呼ぶことにしました。
石見銀山が世界遺産に選定された2007年に、この町の人々がつくった「大森町住民憲章」には、こんな言葉があります。
「このまちには暮らしがあります。私たちの暮らしがあるからこそ世界に誇れる良いまちなのです」。
私たちも、その精神にのっとり、世界に誇れる暮らし方と働き方を、この小さな町から発信したい。そんなふうに考えています。